ココ・シャネルのリップ紹介とモード界を爆進した愛と孤独の87年間の人生

モード

ココ・シャネルのリップ紹介とモード界を爆進した愛と孤独の87年間の人生

Coco Chanel【ココ・シャネル】

(別名ガブリエル・ボヌール・シャネル) 1883年8月19日〜1971年1月10日

フランス南西部オーヴェルニュ地方。5人兄弟・姉妹の2人目として生まれます。母は貧しい生活の中次々と子供を生み続け32歳、ココが12歳のころに病死します。やっと行商から帰ってきた父はシャネルを孤児院や修道院に入れそこで幼少期を過ごしますが、この時代のことを生涯自分から明かすことはありませんでした。そこでココは裁縫などをさせられたと言われています。

10代のころはパリから200kmほど離れたムーランのノートルダム寄宿学校で過ごし、生涯の友となる2歳違いのアドリエンヌの実家に住みます。当時の女性は裕福な家に嫁ぐことで上流社会への切符を手に入れ良い生活を確保することが幸せという時代でしたが、自ら独り立ちして富裕層になりたいと強く願っていたココはパリで歌手として成功することを夢見るようになります。そこでも帽子を作ったり裁縫をしたりし、その腕を生かし下着衣料専門店で住み込み店員として働きますが、その頃のココにとって裁縫は生きていくためだけの作業でした。

競馬シーズン真っ只中のムーランで、のちの愛人エティエンヌ・バルサンに出会い、1903年にムーランのカフェ”ラ・ロンド”で歌手として人気を得ますが、1906年ココの夢は破れ、このころ自分には舞台の才能はないと認識したと言われています。

またシャネルの歴史は大きく分けて2つの時代を語る必要があるでしょう。
ひとつは、ココ・シャネルの生存していた時代、そしてもうひとつはココ・シャネル亡き後、ヴェルタイマー一族がシャネルを指揮し、デザイナーとしてカール・ラガーフェルドがココの後を引き継いだ後の時代です。

創造への扉を開く

ココは布地から服を作り続けます。当時はパリの身分の高い者が作ることがモードだった帽子も作り、身につけていました。それはきっちりした肩や身頃、きちんと締めたベルト、同色でのさりげない刺繍などが施され、のちに「シャネル・スーツ」と呼ばれ絶賛された原型でした。コルセットや服や男性に支配されていたこの時代の女性の中で、彼女だけは服を支配していました。

パリで歌手の夢に敗北し、騎士見習い・そして愛人としてエティエンヌのシャトーに移り、そこでエミリエンヌという彼の彼女とも出会い不思議な3人での暮らしが始まり自堕落な生活を送ります。

憧れていた社交界でシャネルはどう振る舞って良いか悩みました。なので自分の感じたままを正直に口にして、周囲の反応の大きさに驚きました。風変わりで、でも妙に人を惹きつけるという存在。ココへの反発もあった中、ココが作った帽子を女優・ドルシアが舞台でかぶったことで舞台やココは大きな絶賛を呼び、社交界で上流階級との交流を深め、ココの名を知らない人はいなくなります。

ココの恋愛はいつも主導権を握るが気配りを忘れない女性だった

女性は常に愛の逢瀬に備えておかなければならないわ。

1909年 エティエンヌ・バルサンの友人の野心家ボーイ・カペルと出会い共に強く惹かれ合い、生涯の恋人となります。ボーイからは信仰や考え方、精神世界までも影響を受けます。ボーイがイギリスの資産家の娘と結婚した時は彼が好きだった自分の長い髪をバッサリ切り、1919年にボーイが事故死した時、ココは3ヶ月ほど引きこもりました。ココはウエストミンスター公や著名人からも稀有な存在の女性として受け入れられ、広く友好関係やパトロン関係を築きます。1919年から交際を始めたピエール・ルウエルディとの交際も思い出深いものだったようで、ココの名言集を支えました。ココは美しくいつも実際の年齢より10歳は若く見られていました。

恋人たちや人々を惹きつけられたココの斬新な才能と人柄

1910年 ボーイからパリに最初のお店「シャネル モード」を贈られ帽子屋として成功させ、さらに1913年 戦争の影響を避けるためパリ西北のドーウィルに2店舗目を出店します。ここでアドリエンヌと妹のアントワネットに服を着させ町中を歩かせ成功を呼び、これが「マヌカン」の誕生と言われています。ブティックとしてレジャー・スポーツのための豪華でカジュアルな服装を打ち出します。ボイのタンスを漁りポロ用のセーターを革命的な着こなしで着て見せ、さらに水着を発表しました。当時女性が水遊びをするための服はなく、ジャケット・セーター・セーラーブラウスなどを販売し、飾りを一切無くしたココのモードは「本物のモード」として新しく人々の記憶に刻まれます。

全ての女が女神というわけじゃないから

だからこそ誰が着ても美しく自然でなければならない。

それが女の服だわ。

ココは意見の合わない人とは衝突を繰り返し、恋愛では常に主導権を握っていましたがいつも恋人との別れ際は相手を尊重し、自分を抑えるというスタイルを貫きました。

常に自分に厳しく物への執着もなく無頓着だったこともあり、ある意味非常に男らしく新しく生きる女性のために作品を作り続けますが、それが共同経営者との溝を作ることもありました。

夫の富の物でしか自分の価値を認められない女性を批判し、密かに生涯を通してバレエをはじめ新たな才能への莫大な投資をしていました。そして他のデザイナーが意匠権を守ろうと必死になっている時ココはうつろいやすく死に絶えやすくなければモード産業は成り立たないと考えていました。傲慢さや強い信念が自分の力や独立心や成功の秘密だったとも言っており、街がミニスカートで溢れていてもそれに融合してミニスカートを作ることはありませんでした。

モードは死ななければならない。それも、できるだけ早く。

私は確かな”嫌悪の精神”を持っている。

私は何よりも、嫌いな物を作らない。

ココ・シャネルのスタイル

ココはジャージーやツイード素材の定番化、リトルブラックドレス・女性のためのパンツスタイル・セーラーカラー・イミテーションジュエリー・ショルダーバッグ・バイカラーパンプス・香水・シャネルスーツ・リップスティックと次々と作品を発表し、アメリカをはじめ世界中のセレブたちがココの作品を着るようになり、トレンドを発祥していく。当時の女性は男性に可愛らしく女性らしく見られることがそれまでのドレスには不可欠だったためコルセットやゴテゴテした装飾品や曲線美が必須でしたが、そんな古く堅苦しい装いや価値観から女性を解放し、女性の社会進出の後押しや美しく自然であることへのメッセージとして新しいモードを数多く打ち出しました。

リトル・ブラック・ドレス

それまで喪服としてしか使われていなかった黒いドレスでしたが、黒はシンプルエレガンスの基本カラーであると考えていたココは42歳でウエストの緩いミニドレスを颯爽と街中で着るスタイルを打ち出し、VOGUE誌からアメリカの女性たちを中心に熱狂的に広まっていきます。

ジャージー素材

最初のパリのお店で男性用の下着素材だったジャージー素材を新しく生まれ変わらせ独特の着こなしで着て見せたココ。シルクやサテンに慣れ親しんだ顧客たちにショックを与えましたが、安く大量に仕入れることができ着やすかったため、やがてたくさんの顧客に愛されました。

またココは模倣品に対しても寛大でした。誰もが着れる服は誰もが作りやすいということ。「コピーされることを喜びなさい」と説き、のちにシャネルスーツなどは大量のコピー商品を生み出し、見分け方のガイドも作られています。

・ファッションは色褪せるが、スタイルはいつまでも変わらない。

・私は流行をつくっているのではない。私自身が流行なの。

・女は、上品であること。素晴らしくあること。この2つが大事。

・私はラグジュアリーが大好き。それはお金を持っているということではなく下品でないことをいうのです。下品こそもっともみにくい言葉です。私はこれと闘う仕事をしているの。

・翼を持たずに生まれてきたのなら翼を生やすためにどんな障害も乗り越えなさい。

ルージュへの想いと誕生

ココはスティック型のリップを作ることをずっと考えていました。口紅と『シャネル』の歴史は古く、芝居用に銀紙に包んだ棒状の口紅を使っていた時代に現在のようなスティック形状を生み出したのが始まり。1921年にはクチュールハウスをオープンし、この年にはシャネルを代表する香水「オードゥ・パルファムNo.5」を発表。この香水は、アメリカの有名女優マリリンモンローが愛用していたことでも有名で、今でもなおシャネルの名品として多くの女性たちに愛されています。
そして、香水でも成功を収めたシャネルは、1924年に初のメークアップコレクションを発表します。「メイクに光を」という言葉をテーマに、コスメの研究開発を行ってスキンケア製品からメイクアップ製品まで幅広い種類のコスメをリリースしたのです。
質がよく、容器にも高級感を感じるシャネルのこだわりのコスメたちは当時の女性たちはもちろん、現代の女性たちからも高い支持を受け、憧れブランドとして君臨し続けています。

ココ・シャネルのリップの代名詞『ルージュココ』

全世界で人気のシャネルのコスメ。その中でもシャネルを代表するルージュ『ルージュココ』があります。唇に乗せた瞬間解けるように馴染み光沢感を出しながらもクリーミーでいてソフトな質感。ルージュ界の王様。唇が荒れにくいのも特徴です。

日本にシャネルのルージュが上陸してから

日本に『シャネル』のコスメが上陸したのは1978年のこと。

ローズカラーを皮切りに、80年代の青みピンク、90年代のベージュ、2000年代のグロスブームと常にリップのトレンドを生み出してきました。

アイカラーやマスカラが主役の“目力”ブームの2000年代中盤、再び口紅への関心を高めたのが2010年の「ルージュ ココ」の誕生。軽い塗り心地と繊細で美しい発色。鮮やかな発色の「ルージュ アリュール」がハイヒールなら、「ルージュ ココ」はフラットで気負わずにはけるバレリーナのような存在です。

口紅ブームをつくりだし、それ以前は敬遠されがちだった濃色リップをもはやらせました。20代ならよりシアーでツヤ感のある「ルージュ ココ フラッシュ」もおすすめです。

 

 

 

 

 

 

【引用元】

ココ・シャネル 愛と孤独の日々

CosmeLand

リトル・ブラック・ドレスこそ最強の美人服! 頼れる黒ワンピース21
「決して派手すぎず、地味すぎない一着は、リトル・ブラック・ドレスだ」

Happy Plus

 

 

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